福岡地方裁判所 昭和35年(ヨ)363号 判決 1961年4月08日
申請人 江藤一志
被申請人 株式会社福岡玉屋
主文
一、申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。
二、申請費用は、被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
第一、当事者双方の求める裁判
申請人訴訟代理人は、主文同旨の判決を、
被申請人訴訟代理人は、「申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする」との判決を求めた。
第二、申請の理由
一、被申請人は、肩書地に本店を有し、百貨店を営む株式会社であり、申請人は昭和二九年二月二〇日被申請人会社に雇傭され、三ケ月一〇日の試用期間を経て、同年六月一日より正社員として勤務していたものである。
二、ところが、被申請人は、昭和三五年八月四日申請人を懲戒解雇にする旨通告し、事後申請人を従業員として取扱わず、その就労を拒否している。
三、しかし右懲戒解雇は左の理由により無効である。
1 被申請人は、申請人が昭和三五年六月二七日福岡地方裁判所において公職選挙法違反、公印偽造幇助、偽造公印行使罪により懲戒八月執行猶予二年公民権停止二年の刑の言渡を受け該判決の確定したことを以つて、就業規則第三条、第一四条第二号、第八四条第六号、第八五条第一〇号、第一一号、第一二号、第八六条に規定する懲戒事由に該当するとして前記懲戒解雇の意思表示をしたものである。しかしながら、申請人の所為は前記就業規則の各条項には該当せず、本件解雇は就業規則の解釈適用を誤つたものとして無効である。
2 仮りに被申請人主張の就業規則の各条項に該当するとしても、被申請人が申請人に対し、労働者にとつて死刑の宣告にも等しい懲戒解雇の処置にでたことは、その就業規則第八五条本文但書に定める「情状によつては降職、出勤停止、または減給に止めることがある」旨の規定に反し、解雇権を濫用したものとして無効である。
3 申請人は、昭和三〇年七月福岡玉屋労働組合の結成に参加し、その後職場において活溌な組合活動を行い、昭和三一年一〇月より同組合員となり、現在は執行委員、教宣部長として同組合の中心的な活動家である。
ところでかねてより申請人を解雇する機会をうかがつていた被申請人は、申請人が有罪判決を受けるやそれを機会に、これを表面上の理由に懲戒解雇を行つたものであるが、被申請人が申請人を解雇した決定的理由は申請人が活溌な組合活動を行つたことにある。従つて被申請人の申請人に対する本件解雇は、労働組合法第七条第一号に違反する不当労働行為として無効である。
四、保全の必要性
申請人は、賃金を唯一の生計の資としている者であるから被申請人に対する解雇無効確認の本案判決確定にいたるまで待つことができないほど著るしい損害を蒙つているので本件仮処分申請に及んだ。
第三、被申請人の答弁
一、申請人主張の申請の理由一、二の事実はいずれも認める。
二、同第三項の事実中、本件懲戒解雇の事由が申請人主張のとおりであること、申請人が組合役員であつたことは認めるが、その余を否認する。
三、本件懲戒解雇は、左の理由に基くものである。
1 申請人は、昭和三四年六月二日施行の参議院議員通常選挙に際し、全国区選出に立候補した豊瀬禎一の選挙運動に従事し、
(イ) 申請外鈴木義一等が、右候補の選挙運動用ポスターに、福岡県選挙管理委員会の検印を偽造していることの情を知りながら、鈴木の依頼に応じ、同年五月二三日夕方、右検印を偽造する場所を移すに際し、翌日の右検印偽造の作業に従事する者に翌日の集合場所を指示した上、右犯行に使用するポスター、革ポンチ、型紙等をその作業場まで運搬し、以つて鈴木等の犯行を容易ならしめてこれを幇助し、
(ロ) 同月二四日、二六日、二七日、二八日の各頃にわたり、鈴木等と共謀の上情を知らない他人を介し、又は自ら、右偽造検印にかかるポスター約一万枚を福岡市、久留米市等及びその周辺一帯の電柱、人家の壁等に貼布し、以つて偽造にかかる公務所の印章を使用し、且つ、前記選挙管理委員会の正当の検印なき選挙ポスターを掲示し、
(ハ) 自ら或いは柳俊彦と共謀して、同年六月一日午前八時三〇分頃より午前九時頃までの間被申請人会社店舗店員通用門附近において、被申請人会社の従業員等に対し、前記豊瀬候補及び吉田法晴候補の推せんビラ約四〇〇枚を配布し、以つて法定外選挙運動用文書を頒布したものである。
2 申請人は、右公職選挙法違反、公印偽造幇助、偽造公印行使の罪(以下本件犯罪という)により、昭和三五年六月二七日福岡地方裁判所において、懲役八月、執行猶予二年、公民権停止二年の刑の言渡を受け、該判決は確定した。
3 申請人の本件解雇当時の職場は、被申請人会社の商品管理部第三検品係であり、その職務上、常に自己の印章を使用せねばならず、又他人の捺印した書類を多数取扱い更に、他の職場においても社員は、百貨店経営上伝票その他の書類に捺印したり、又は他人の捺印ある書類を授受する機会が多く、上司は斯る書類によつて事務処理が適切に行われていたかどうかを知ることができる。更に被申請人会社は、将来の中堅社員として男子社員を雇傭しているのであるから、男子社員が印章使用により適切に事務処理をなす責任は重く、かかる職場では社員の印章に対する信用は特に重要である。
然るに、前記の犯行により印章に対する信用を失わしめた申請人は、被申請人との信頼関係を破つたものであり、被申請人としては、検品係としては勿論のこと、他の職場においても、かかる申請人に対しては以後安心して就業させることができなくなつたものである。
4 なお信用を営業の生命とする百貨店経営の被申請人としては、その社員たる申請人が前記のような犯罪行為によつて懲役刑に処せられたことにより、その体面を甚だしく汚され、信用も亦著しく害せられたものであり、その情状も非常に重いといわねばならない。
四、よつて申請人の本件犯罪行為は、就業規則第三条、第一四条第二号、第八四条第六号、第八五条第一〇号、第一一号、第一二号に各該当し、当然懲戒解雇に値するものであるが、申請人の将来、刑の執行猶予の宣告を受けた事実を勘案し、同規則第八六条により特に諭旨退職とすることとし、昭和三五年七月二九日その旨通知したが、退職願提出期間である五日以内に退職願を提出しなかつたので同年八月四日申請人に対し懲戒解雇にする旨告知し、申請人被申請人間の雇傭契約は終了したものである。
五、保全の必要性に関する申請人の主張事実は否認する。申請人の父江藤勇は福岡県産業貿易館門司分館の副館長の要職にあり、申請人の生活には支障を来さない。
第四、被申請人の主張に対する申請人の答弁
申請人の受けた有罪判決で認定された事実関係が被申請人主張のとおりであることは認める。
第五、疎明<省略>
理由
第一、申請人主張の申請の理由一、二の事実、本件懲戒解雇の事理が申請人主張のとおりである事実及び申請人が被申請人主張の犯罪行為により、その主張の如き有罪の判決の言渡を受け、該判決が確定した事実はいずれも当事者間に争いがない。
第二、そこでまず、申請人の右犯行が就業規則第八五条第一〇号、第八四条第六号、第八五条第一一号、第八五条第一二号に該当するかどうかについて以下判断する。
一、就業規則第八五条第一〇号の適用について。
成立について争いのない甲第三号証によると、就業規則第八五条第一〇号には「刑法に規定する犯罪によつて有罪の確定判決を受け、事後の就業が不適当と認められたとき」と規定せられている。
右規定の趣旨は、第八四条第六号に「会社の体面を汚し、または信用を害する行為のあつたとき」と規定し、第八五条第一一号に「前条各号に該当し、その情状が重いとき」と規定しており、右規定の趣旨が後述のとおりであることに鑑みるとき、次のとおり解すべきものと考える。すなわち、その有罪判決をうけるに至つた犯行が企業内部において行われたものである場合は勿論、本件のように私生活において行われた場合にあつても、右犯行により企業の経営秩序を侵害し、業務の正常な運営を侵害した場合であつて、しかも当該労働者を企業内にとどめるときはそのことによつて将来さらに、企業秩序と業務の正常な運営が侵害される虞のある場合に、懲戒事由に該当する趣旨に解せられる。そしてかかる者を懲戒解雇し得るためには、前掲甲第三号証の就業規則第八三条に「懲戒は左に掲げるけん責、出勤停止、降職、解雇の五種類とし、……」と規定され、また第八五条に「左の各号の一に該当するときは解雇する。ただし情状によつては降職、出勤停止または減給に止めることがある」とも規定されているところより見れば、当該労働者をその企業内から排除しなければならない程度に悪質なものであることを要すると解せられる。
そこでこれを本件について考えるに、申請人が刑法に規定する犯罪である公印偽造幇助ならびに偽造公印行使により有罪の確定判決をうけたことは前記認定のとおりであり、成立に争いのない乙第五号証の一乃至三、被申請人会社で使用している伝票であることに争いのない第一六乃至第三一号証(枝番略)原本の存在並びにその成立に争いのない甲第七号証、第一〇乃至第一三号証、第一五号証、乙第一一、一二号証、証人中川原時夫、岡野陟、山田五郎、福島五十男、橋本栄一の各証言ならびに申請人本人の供述を綜合すると次のとおりの事実が認められる。
(1) 申請人は、昭和三二年一月より昭和三四年五月三一日迄福岡玉屋労働組合の組合専従(内一年間組合書記長)をしていた。昭和三四年六月二日施行の参議院議員通常選挙に際しては、全国百貨店労働組合連合会が豊瀬禎一候補を推せんすることとなつたので、福岡県総評議会中小企業対策部長鈴木義一の依頼により、当時組合専従職にあつた申請人が右候補の選挙運動を手伝うことになり、日頃組合運動に熱心であつた申請人が鈴木義一の指示に従い、積極的に選挙運動を手伝つたことが、鈴木らの公印偽造を容易ならしめてこれを幇助する結果となり、また偽造検印を打ぬいた運動用ポスターを各所に貼つて歩いたことが、偽造公印行使となつた。
(2) 申請人がその偽造を幇助した公印は前述したとおり、選挙運動用ポスターに打抜かれる福岡県選挙管理委員会の検印であつて、小穴で丸くまわりに九つ「フ」と真中にEが書かれたように打抜いてあるもので、鈴木らはこれをポスターに革ポンチで小穴を打抜いて偽造したのである。
(3) 昭和三四年六月一日より地階海産物売場勤務を命じられていたところ、当日逮捕され、同月二七日被申請人より就業規則第四九条第四号に基き休職(懲戒処分ではない)を命じられ、その間の給与の支給を受けていたが、同年七月頃、右組合の要求に基き、被申請人は同年八月三日申請人を商品管理部第三検品係に復職させ、その後本件解雇時迄同係に勤務していた。右検品係は商品の持出、仕入、発送の事務を処理する係であつて他の売場に比して伝票その他の書類の取扱いが少くなく、而も事務処理の経過が担当者の印章の押捺により確認されていることは他の職場とかわりがない。
(4) 申請人が、組合専従になる迄の勤務成績は良好であつて、本件犯罪後は悔悛の情顕著であつて充分反省の意を示している。以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る疎明はない。
そこで申請人の本件犯罪の罪質、情状について考えてみるに、前記認定のように、その犯行の動機において多少掬すべきものがあり、且、申請人が公印を偽造したものでなくその偽造を幇助したに過ぎず、而も、その偽造公印なるものも前記認定のような検印であつて、これが社会通念からすると、通常私人の社会生活に密接に結びついて、重要な役割を果す公印、私印を必ずしも連想せしめるものとは、直ちには云い難いものがあるものであつて、印章に対する信用を決定的に破壊したものともなし難い。被申請人が申請人の本件犯行の明らかになつた後においても、相当印章使用に対する信用に依存する程度の高い職場に申請人を復職配置させていることもこの間の事情を推認させるに足るものがある。
以上認定の申請人の本件犯行の動機、情状ならびにその他の事情を考えるときは、申請人の本件行為により被申請人の企業経営の秩序を侵害し、業務の正常な運営を阻害したか否かはさておき、未だそれによつて事後の就業が不適当であり、かつ申請人をその企業内から排除しなければならない程度に悪質なものであると解することはできない。してみると申請人の行為は就業規則第八五条第一〇号に該当しないものといわなければらない。
二、就業規則第八四条第六号、第八五条第一一号の適用ついて、就業規則第八四条第六号には「会社の体面を汚し、または信用を害する行為のあつたとき」と規定され、第八五条には「左の各号の一に該当するときは解雇する。ただし情状によつては降職、出勤停止、または減給に止めることがある」と規定され、その第一一号には「前条各号に該当しその情状が重いとき」と規定され、また第八三条の規定の存することは前認定のとおりである。
右規定の趣旨は、犯罪を犯したことが直ちに会社の体面を汚し信用毀損の行為に該当し、しかもそれによつて直ちに懲戒解雇ができると解すべきでなく、本件のように私生活の中でなされた行為については、それによつて被申請人の名誉ないし信用がいちぢるしくそこなわれ、当該労働者をその企業から排除しなければならない程度に悪質なものと認められる場合に限つて、懲戒解雇処分にすることが出来るものと解するを相当とする。
そこで本件について考えてみるに、申請人の公印偽造幇助及び偽造公印行使の行為、ならびに、公職選挙法違反の行為が、申請人の私生活の中で生じたものであるとはいえ、これによつて申請人の社員たるの体面をけがし、被申請人の名誉ないしは信用を或程度失わしめたものであるといえる。
而して、申請人の公印偽造幇助ならびに偽造公印行使の各行為の罪質ならびに情状は前記認定のとおりであり、また選挙法違反の行為は前記認定のとおり法定外ポスターを貼布したポスター枚数の制限違反と、候補者の略歴等を記載したビラ配付である。これら公職選挙法違反は、所謂形式犯であり、公職選挙法違反のなかでも比較的軽微な違反と考えられる。これに申請人が刑事責任においても刑の執行猶予の宣告を受けていることを考え併せると未だもつて申請人を被申請人の企業から排除しなければならない程情状重く、悪質重大な非行とみることができない。
三、就業規則第八五条第一二号の適用について、
就業規則第八五条第一二号には「その他前各号に準ずる行為のあつたとき」と規定されている。本件に於いて、右規定の前各号に準ずる行為というのは、同規則第八五条第一号乃至第一一号の規定に照らすと、本件公職選挙法違反によつて有罪の確定判決を受けたことを以つて第一〇号に準ずる行為のあつたときとしているものと解せられる。
従つて本件において第一二号の趣旨は、刑法以外に規定する犯罪によつて有罪の確定判決をうけ、事後の就業が不適当と認められたときと解すべく、さらにその規定の趣旨は第二の一に述べたとおりに解すべきである。
然るときは申請人の公職選挙法違反の行為の罪質ならびにその情状が前記認定のとおりであることを考えると、右行為によつて、被申請人の企業経営の秩序を侵害し、業務の正常な運営が阻害されたか否かはさておき、未だそれによつて事後の就業が不適当でありかつ申請人をその企業内から排除しなければならない程度に悪質なものとは認め難い。
以上説示の如く、被申請人が申請人を懲戒解雇に付したのは、その就業規則の適用を誤つた違法なもので、それは無効といわなければならない。(なお本件解雇事由に対する就業規則の該当条項として前認定の条項に並べて第三条、第一四条第二号が挙げられているのであるが、それは単に補充的に掲げられているに過ぎないものと解する)。従つて申請人は被申請人との間に未だ雇傭関係が継続しているというべきである。
第三、保全の必要性。
申請人が賃金の支払を受けなければ、生活を維持することができないことは、特に反対の疎明のない限り一応これを肯定するのが相当であるところ、被申請人は、申請人の父が福岡県産業貿易館門司分館の副館長の要職にあり、申請人の生活に支障がない旨主張するが、父親が要職にあるからといつて単にそれのみで直ちにそう解されず、又申請人本人の供述によると本件解雇後申請人は組合から月一万円余りの支給を受けていることが認められるが、右は被申請人から不当に被解雇者として取扱われることによる生活の困難を緩和するための臨時的、応急的な措置であることが認められる。
第四、よつて、申請人の本件仮処分申請は理由あるものと認め、保証を立てさせないでこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中池利男 野田愛子 吉田訓康)